突然母が訪れる
インターホンを鳴らされ呆然と立ち尽くす私。
母がモニター画面から姿を消した。
玄関のドアを「ドン!ドン!」と叩いた。
仕方がなく玄関のドアを開けた。
母の顏はいつも問題を持ってくる時に見せる表情だった。
そして憔悴しきった表情でしゃべりだした。
私の心臓の鼓動は早くなり、自分でも分かるぐらいだ。
心の中で冷静になれと自分に言い聞かせ、母に何の用と問いかけた。
母は私困ってますMAX状態で私に話し掛けてきた。
今住んでいるアパートの契約更新と保険の手続きで保証人が必要だと。
その保証人になって欲しいと言ってきた。
私が保証人にならないと自分が部屋から退去させられてしまうと、今にも泣きそうな表情を浮かべ、たどたどしくしゃべる。
もう完全に演技派な母。
もしかしたら劇団にでも入ったら良い演技ができるのではないだろうか?
3年前にテレビを買う代わりに関わらないで欲しいと伝えたはずだけど、と伝えると「分かっているけど・・・」
俺の中では二度と連絡など無いと思っていたけど、とも伝えると「私だって分かっているけど仕方がないだろ!」と少し逆切れ。
そして私の事を不動産屋さんに伝えてあるから、後で連絡が来ると思うから話して欲しいと言って帰って行った。
暫くすると不動産屋さんから電話が掛かってきた。
とても穏やかで優しそうな女性で、今回の件を丁寧に説明してくれた。
この不動産屋さんのHさんは、アパートの掃除も定期的にしているらしく、母とは顔見知りというか、会えば身の上話などもしているらしい。
母に更新の保証人と保険の加入について説明したけど、どうやら理解してもらえず話している最中に怒りだしたそうだ。
今までそんな事言われた事ないのに、急に保証人が必要だとかおかしいと言って怒ったらしい。
それまで母と会って会話をしていても怒った事など無かったのに、急に怒りだした事に驚いたと言っていた。
直接、大家さんと直談判すると言って話を終了させたそうだ。
どこでも迷惑を掛ける人だな。
不動産屋さんから保証人になって欲しいと言われたが、きっぱりと断った。
母との関係を伝え拒否する理由を教えたが「そんな事言わないで」と悲し気に言われた。
このままだと家に来たり、電話が掛かってきたり穏やかな生活が送れないので渋々だが保証人になる事を承諾した。
保証人になる事にした
それから数日後、またインターホンが鳴った。
モニター画面には母の姿が・・・。
流石に居留守を使った。
暫くすると私の携帯に電話が掛かってきた。
電話に出るといきなり擦れ声で「保証人になってくれよ」と言ってきた。
「あれからご飯が喉を通らなくて全然食べていないんだ」
「ここを追い出されたら行く所も無いし、お願いだよ」
「本当に最後にするから」
「もう二度と世話にはならないから今回だけ」
と、自分の言いたい事をマシンガントークの様に言い、話の途中、私が話をしようとしても言わせてもらえず最後まで自分の主張をしゃべった。
言い終えるのを待ち、一言「保証人になる事をHさんには伝えたらから、もう関わらないで」と母に伝えた。
保証人になってもらえると分かって母が「うん、ありがとう。もう二度と家に行ったり連絡したりしないから」
そういうと母は電話を切った。
約束を守った事が無い母の言葉は薄っぺらい。
母が最期に語った言葉を私は信じていない。
普通の家庭で育った妻
妻は両親から愛情いっぱいに育てられた。
ごく普通の家庭に育ち、私の様な経験は当然無い。
結婚して妻の実家に、よくご飯を食べに行かせてもらった。
私達が行く事が分かっていると、私の好物をテーブルいっぱいに作ってくれる義母。
ニコニコしながら食べている私を見て笑っている義父。
結婚当初は給料も少なく、家では肉の塊が出てこない。
肉と言ったら挽肉だ。
バラ肉や牛の塊など食卓に出てこない。
実家に行くと、それを知ってか肉の塊が出てくる。
食べきれないと、残った料理や、私達が買えないお肉の塊や冷凍食品など沢山持たせてくれた。
「こんな肉の塊なんて買えないです!まぢで嬉しいです!」と言うと、みんなで笑う。
妻の実家に行くと、みんなが温かく優しさに溢れ、これが普通の家庭なんだと実感する。
自分の育ってきた環境とは大違いだ。
妻と結婚して幸せを手に入れた。
いや、妻が私の事を幸せにしてくれた。
この幸せを壊されたくない。
自分の親の事なのに酷いと思われるかもしれないが、私の気持ちは変わらない。
本当に二度と会いたくないし、本当に関りを持ちたくない。
お終い