普通の生活が送れると思ったのも束の間
母の仕事が決まり普通の生活が出来ると喜んでいたのもつかの間、母が仕事をし始めて数ヶ月目の出来事。いつもの様に学校から帰宅して玄関のドアを開けたら、母が居ない。あれ?まだ仕事から帰ってない?それとも買い物かな?と思いながら靴を脱ぎ部屋の中に入る。
玄関を入ると台所、奥に4.5畳の部屋があり、そのまた奥に6畳の部屋がある。一番奥の6畳の部屋のテーブルに手紙とお金が置いてあった。その手紙は〇〇へと書いてある。私への手紙だ。その手紙を広げて読んでみた。「しばらく家には帰らないので置いてあるお金で何か食べてね、ごめんね」と記されていた。最初読んでも意味が分からず呆然と立ち尽くす。暫くとは、いつまでの事?夜になっちゃうって事?それとも明日帰って来るって事?暫くってどれぐらい?と頭の中が大混乱。お金が置いてあるって事は、今日は帰って来ないのだと理解した。そして不安と恐怖が私の心を支配し始める。母はいつになったら帰って来るのか・・・。数日は帰って来ないって事?と冷静に考えられるようになり、自分なりに整理してみた。母は家出をしたのか?でも何故だろう。いくら考えても分からない。時間だけが経過していく。母が今日は帰って来ない事は理解した。その時、何故そう考えたのか分からないが、夕飯の心配をした私。
私の初めて作った料理はお味噌汁だった
台所へ行き食材を確認をする。お米はあるが炊いてない。まず最初にお米を炊く事から始めた。母が料理しているのは見た事あるが、自分で料理などした事が無い。お米を炊く事もした事が無く、見様見真似でなんとか米を研ぎ水を入れてスイッチを入れる。次に味噌汁を作る事にした。具材は冷蔵庫の中に入っていた豆腐と油揚げ。これも見様見真似で鍋に適当に具材を切り鍋の中に放り込む。そして水を入れて味噌汁を作った。分量など分かるはずもない。米が炊き上がり蓋を開けて美味しく炊きあがっているか確認する。残念な事におかゆみたくなっていた。完全に失敗だ。水の量を多くいれたせいだと気付く。我慢しておかゆになったお米を食べる。お味噌汁は薄くて味気ない。ダシを入れていなかったからだと後で知る。初めて自分で作った料理がこの味噌汁だった。
不安と恐怖に支配される
夕飯を済ませ外を見るともう真っ暗。本当であれば、銭湯にいく時間だが一人で行く事が怖かった。一人で銭湯に行った時もあったが、帰宅した時誰も居ない部屋に入るのが怖かったからだ。一人きりだとトイレに行くのも怖かった。2部屋は、私一人だと物凄く広く感じて怖くなり全ての電気を点けた。一人で不安な状態で見るテレビはつまらなかった。夜の9時過ぎになり寝る準備を始める。いつもは母の布団と並んで寝ていたが今日は一人。部屋の真ん中に自分だけの布団を敷いて布団の中に入る。ひとりぼっちの夜って怖い。なんでもない物音にさえビクつき涙が出そうになる。怖い。あまりにも怖いので全ての電気を消さず寝る事にした。布団にくるまり涙が溢れてくる。誰か助けて。もしかしたら母から電話が掛かってくるかもしれないと思い、電話機を布団の横に持ってきたけど、その日電話はなかった。気付かないうちに寝てしまった。
翌朝、目が覚めて陽の光を感じる。少し怖さが軽減される。夕飯に作ったおかゆ状のごはんとお味噌を食べて学校へ向かった。
面白いもので母が家出した事を誰にも言えなかった。もし言ってしまったら、母が悪者になってしまうと思い言えなかった。本来であれば学校の先生や近所に住んでいる従妹に相談しに行くべきなんだろう。でも誰にも伝えなかった。
学校の授業が終わり、駆け足で家に戻った。母が帰っているかもしれないと思ったからだ。走りながら母が家に居てくれ!と願いながら家路を急いだ。全速力で走ってきたので、息が苦しかった。玄関のドアを開けて母の靴を確認する。・・・無い。自分の靴を脱いで部屋へはいる。・・・居ない。不安と恐怖がまた私の心を支配し始める。今日の夕飯は目玉焼きを作ろう。
母が家を出て2日目も帰って来なかった。3日目も4日目も・・・結局帰ってきたのが7日後の夕方。その間、2~3回の電話は有った。その時に何処にいるのか聞いても教えてくれなかった。電話で母に聞いた事は、何処にいるの?いつ帰ってくるの?の2つだけ。帰ってくる前日に明日帰るからって言われた時、物凄く嬉しかった事を覚えている。何時に戻るとは言われていないのに、学校から帰った後、外に出て母の帰りを待っていた。しかし待てど暮らせど母の姿はない。辺りは暗くなり街路灯の明かりが点き始めた頃、微かに母の姿が遠くの方に見えた。それを見た瞬間、駆け足で母の元へ抱きつき号泣した。また会えた事の喜びから涙が止まらなかった。
家出の原因は、やはり男だった
時間が経ってから教えてもらったが、働きだした職場で知り合った男と付き合う事になり、その男と三宅島の方に旅行に行っていたと旅行の写真を見せられながら聞かされた。当然仕事は辞めていた。その男は既婚者で離婚前提での付き合いだと言われた。そして母から衝撃的な事を言われた。その男には子供が二人いて離婚したら男が引き取る事になるので、私達と一緒に暮らす事になると言われた。頭の中パニック状態。意味が分からなかった。母は笑顔でそれを私に告げる。この無神経の無さに呆れる。そして、その日がやってきた。
ぎこちない家族ごっこの始まり
見知らぬ大人の男と私より小さい子供と赤ちゃんを連れて家に入ってきた。母が私に対してお兄ちゃんなんだから弟たちと仲良くしてねと笑顔で言ってきやがった。お兄ちゃん?弟たち?いきなり兄弟とか言われても無理だろうと思ったけど黙ってうなずいた。そしてぎこちない家族ごっこの始まりだ。母が連れてきた男は私に対して優しく接してきた。悪い人ではない様に見えた。ただ酒癖が悪い。酒を飲むと気性が荒くなる。そして子供達とは特段仲が良い訳ではないが、普通に接していた。連れの赤ちゃんがとても私になついてくれた。しかし、この家族ごっこも長続きはしなかった。
血まみれの母
ある日、母の手が血まみれで体を震わせながら一人で帰ってきた。どうしたの?と聞くと「男と別れてきた」えっ?話を詳しく聞くと、男が浮気をしていたらしい。頭にきて男が所有する車のフロントガラスを割ってきたと言う。その時に手を切ったらしい。なんという修羅場。そんな事をする母が本当に恐ろしくなった。この事で私の心に母の衝動的な行動に不安を感じ、後々の出来事にまで影響を及ぼす事になった。男や子供達の荷物はどうするの?と聞いたら全部捨てると・・・。この様にして家族ごっこは短い期間で終わりを告げた。
また母と二人だけの生活に戻る。しかし母は無職。仕事をしていない。本当にお金が無い。月日が経つにつれて家賃の滞納が増えていく。このような状況が続き母から思いもよらない提案をされる。その提案は、私の人生の中で一番ショックで、物凄く辛い出来事になる。
三話へつづく